良い旅を

旅と珈琲、読書を偏愛する者。

価値を与える張本人になると、無駄な出来事が人生から消えるってお話

一昨日配信された高城未来研究所のメールマガジンでのQ&Aで非常に感銘を受けたフレーズがあったので、まるごと引用して紹介したい。


▽Q.16▼▽
高城先生、こんにちは。
9月に3泊4日の台湾旅行に行ってまいります。
高城先生はよく、初めての土地は観光名所をまわること、と回答されていますが、台湾でいうとどの辺りになりますでしょうか?
台北101などは確かに観光名所なのでしょうが、高いところから台北市内を見るだけのことに、行く価値がイマイチ見いだせません。
もしくはかなり風水を意識した外観とのことなので、それを感じに行く価値はありますでしょうか?
また、西門町は若者文化に特化した街のような印象ですが、ここも見る価値ありますでしょうか?
九フンも、あまりに観光地化されすぎてあまり触手がのびません・・・。
また、台湾の外食産業を日本に取り入れ事業展開が出来たらいいなとも漠然と思っております。
例えば、日本でお粥カフェを病院近くやオフィス街、飲屋街などで展開出来れば需要が見込めるのではないかと思っております。
高城先生の台湾に関する知識、ここは行っておいたほうがいいよ、などございましたら是非ともご教示ください。
Life Packing2.1も楽しみにしております!

【 A 】
これは、不思議なご質問です。
どうやら、「台湾の外食産業を日本に取り入れ事業展開」することをビジネスとしてお考えのご様子。
それなのに、台湾でビジネスとして成功している王道の観光地を、「行く価値がイマイチ見いだせない」とは、実に不思議です。
好きか嫌いはさておき、なぜ成功したのか、自分なりに考えることは、なによりもの価値のように思います。
また、僕は、どんな場所でも行かないより、行く価値があると考えています。
少なくとも「行ったけど、価値がなかった」という大きな価値を得られる者だけが、本当に価値がある場所にたどり着けるからです。
いま、お考えになるのは「台湾の外食産業を日本に取り入れ事業展開」する以前に、誰もが知っている場所の「行く価値」をご自身が見つけられるかどうかだと思います。
言うまでもなく、観光地として成功したのはそれなりの理由があるからで、その「価値」がわからない間は、安易にビジネスをはじめないほうがいいでしょう。
そうしないと、開業できても多くの人に「行く価値がイマイチ見いだせません」と、言われてしまいますよ。 

 この太字の部分を読んだ時、頭を後ろからガツーンと叩かれた気分になった。

一般的な尺度では価値の無いものも、自分の物差しを使って価値を与えてあげることが大切だと勝手に捉えさせてもらった笑

たしかアドラー心理学でも似たような考え方をして、この考え方を「意味付け」と呼んでいる。

挑戦して失敗した。そこで落ち込むのではなく、その失敗に価値を与えてあげること。

人生はあらゆる出来事の連続だ。時には自分にとって良くないことも起きるだろう。その挑戦を糧にするのか、失敗を価値ゼロとしたままにするのか、悪い出来事への対応の違いがその人の未来を大きく変えるのではなかろうか? 

「ピンチはチャンス」は本当にその通りだと思う。

成長する機会を与えられている以外ほかならない。課題が明確で、目の前にできないことがあるのだから。人は事の大小を問わず、できないことができるようになると、自己承認欲求が満たされる。そこに他人の物差しは必要ない。できないことをポジティブに考える思考、つまり失敗や良くないことにも自分で価値を与えてあげる。そんな思考法で生きていけば、すべてのことが成長の糧であり有意義なものになる。

ポジティブ思考って、見方を変えれば物事を自分の都合の良いよいに捉えることだよねって結論に至った。でも、他人に迷惑をかけないのであれば、それでいいんじゃなかろうか?

捉え方一つで目の前の出来事に価値が生まれ、自己成長に繋がるのならそれでいい。

他人の尺度で判断するとマイナスにしか捉えられない出来事も、自分の物差しを使えばプラスに捉えることができる。

このブログを書きながら、僕はプラスしかない物差しを使って人生を歩みたいと思うようになった。