良い旅を

旅と珈琲、読書を偏愛する者。

毎日怒号をあげる近所のママについて考察

向かいのアパートから毎朝、毎晩女の人の怒号が聞こえてくる。

どうやら子どもに対して怒っているようだ。

こら、冷蔵庫を開けっ放しにしない!!!

とか

あんたさっき寝るって言ったでしょう!!寝ないなら宿題の1つくらい終わらせなさい!!

とか、子育て中の親からよく聞く怒り言葉だ。

ただ、その声量が尋常じゃありません。道路挟んだ向かいの私の家まで(しかも窓しめてる笑)聞こえてるわけだから。

そして、いつもそこまで怒る必要ないのになって思いながら、自分は朝の身支度をしている。

怒っているママは、何に対して怒っているのだろうか。

女性の怒りはスタンプラリー方式だ。 目の前の事象にではなく、これまでの不満の積み重ねに女性の怒りは依存している。だから、同じことに対して怒る時もあれば怒らないときもある。男性からしてみれば、理解不能な生き物である。まるで別の生物のようだ。

たまたま怒りの沸点手前までスタンプが溜まっていて、怒号級の怒りの引き金を男の子が引いてしまったなら、かわいそうで仕方がない。

って、、あれ、、、女性の怒りの考察に変わって来ている。

話を戻そう笑

でも、ふと今日は違う思考が頭をよぎったのだ。先日自分のツイートに、@KAWAZOIさんからこのような引用RTをいただいた。

 

 このツイートから自分が人やチームをマネージメントする際に、有効な言葉を学ばせてもらった。

 これって子育てにも有効な考え方じゃなかろうか?

自分が育ててきた子に対して、できないから怒るっていうのは間違いだと思う。できるようにさせるのが親の役目だ。

出来ないことを怒る前に、自分が親の役目を果たしていないことに対して、何らかの考察をするべきではなかろうか。

もちろん小さな子に、「〇〇君ができないのは、私に親としての力がなかったからだよ、私が愚かなんだ」と言うことも違うとは思うが笑

こどもだって怒られたくてその行動に出ているわけではないはずだ。なぜ?どうして?と、そもそもなぜその行動が出来たほうがいいのか、なぜやらなければならないのかをコツコツと問いかけて欲しい。

「親に怒られるから」という動機で、物事を判断する子にはなっていけないとし、怒号ママもそんなことは望んでいないはずだ。

自分の頭で良し悪しの基準を作って、結果としてそれが行動に移せれば、1つのインプットから10のアウトプットを出せる子になるだろう。

子育てをしたこともないのに、子育て論について語ることになってしまった。。。

何が言いたかったというと、

向かいの家のママがうるさい、子どもがかわいそう。

怒りのスタンプラリーの沸点を上げて怒号の頻度を減らして欲しい、そして、子どもに非認知能力を身につけさせて、自分の頭で考える子になってほしい。

そんなとこです。