読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

良い旅を

旅と珈琲、読書を偏愛する者。

その文章は誰のためにあるのか

すべての文章にはメッセージがある。

文章は誰かに(自分も含めて)、思いを伝える手段だ。

言葉があるから、昔の人達が編み出した考えをベースにして文明は発達してきた。後の世代に伝達する手段がなければ、文明は発達しなかったかもしれない。

文章はベクトルだと思う。

ベクトルは大きさに加えて、向きを持つ。矢印みたいなもんだ。

エジプト古代文明の壁面に描かれている文章は、価値のあるメッセージ(ベクトルの大きさ)と後世の人達へのメッセージ(ベクトルの向き)の2つ意味を持っている。

インターネット上に数多くある文章も読み手を必要としている。

アクセス数を上げることを目標にしている人は、たくさんの人に読まれたいと思っているはずだ。

仮に文章がベクトルであると仮定すると、その向きと大きさを気にかけるべきだ。

向きは読み手

大きさは情報の質の高さ

と捉えることができる。

私は文章を書くのが下手くそすぎるから、一般的な書き手が何を考えながら書いているのか想像もつかない。しかし、多くの人は文章の内容ばかりに気をとられ、読み手を意識した文章を書いていないんじゃないだろうか??

就職活動のエントリーシートの自己PRや志望動機が、自分目線で独りよがりの文章になっていることはまさにその典型だと思う。

さて、ではこのエントリが誰に向けて書かれているのか?

自分自身である。

思考の備忘録、またはあの時お前はこう考えていたんだぞと、将来の自分に向けたメッセージと考えている。

文章の向きを自分にしているのは、一種の言い訳でもある。

誰も読んでくれなくても気落ちしない。

見えない数少ない読者のことを考えずに、ただ好き勝手に文章を書いても許される。

趣味で文章を書くってきっとそういうことなんだと思う。

冒頭に文章はベクトルだと書いたけど、

もし自己完結して問題ないのであれば、文章はスカラー(大きさしかもたない)でいいのかもしれない。

本当に良い文章であれば勝手に人が集まってくるんだろう。