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良い旅を

旅と珈琲、読書を偏愛する者。

勝ち「組」になりたいけど、勝ちたいと言わない理由

やったおれ勝ち組やん!!
うわー、おれ負け組や・・・

そんなやりとりを頻繁に聞かないだろうか?

 

勝ち組になりたい

「勝ち組になる」の私的な定義はこれだ。

自分が属する集団において、相対的に高い位置にポジションをとれるようになること。

集団は、マクロな視点では日本社会において、ミクロな視点では自分が属する小さな組織とかであろうか。前者では、大企業就職、社会的地位の高い職業や高収入など、後者では、チームで役職を与えられたり、出世することであろうか?

 

なぜ勝ちたいとは言わないのか?

勝ち組になるという言葉には2つの意味が隠れている。

勝ちたいという欲望と集団への帰属意識だ。

これは想像の話だが、

自分1人だけ年収1億円で、ほかの1億3000万人が年収300万円であれば、それは勝ち組ではなく、一人勝ちである。そして、勝ち組になりたいという人は、その状況では年収300万円を選ぶのではないだろうか?

一方で勝ちたいと言う人は、喜んで年収1億円を受け入れるはずだ。

なぜこのようなことになるのか?

勝ち組になりたい人は、勝ちつつもあくまで自分をどこかの集団に帰属させることで安心感を得たい人たちだ。

一方で、勝ちたいと言い切る人たちは、万が一に一人勝ち状態になっても、孤独を受け入れるだけの勇気を常に兼ね備えているのだと思う。

上を目指し続けることは、ピラミッドの頂上を目指すことだと思う。

つまり、自分のまわりに人がいなくなり、より孤独になっていく。

その孤独を受け入れる力が、あらゆることで登りつめるために必要な能力なんだと思う。

孤独になることは、自分と向き合うことであり、人として成長することではないだろうか?

 

あなたはピラミッドの中間地点で勝ち組として留まることと、ピラミッドの頂上で孤独をあじあうことどちらを好みますか??

ピラミッドの頂上から見る景色はさぞ格別でしょう。

僕はもちろん頂上を目指します。