良い旅を

旅と珈琲、読書を偏愛する者。

争いが生じるのは今を生きている証

パレスチナ行かれたことがあるだろか?

私は3年前にパレスチナを訪れ、分離壁の高さに驚いたことを今でもよく覚えている。(ベルリンの壁が3mほどに対して、パレスチナ分離壁は8mほど)

以下の文はチェコ好きさんのnoteの引用です。

私がなぜ今回「空島編」を、10年以上もの期間を経て読み進めることになったのかというと、問題はこの「空島編」のストーリーにある。とある友人が、この『ONE PIECE』の「空島編」は、パレスチナ問題をモチーフに描かれているものであるという、興味深い助言をくれたのである。

なるほど、現実をそっくりそのままとはいかないものの、いわれてみれば確かに類似点はある。かつて地上の海に浮かんでいた聖なる土地「シャンディア」は、遥か中東の地にあるエルサレムを抱えたパレスチナの大地を思わせられなくもない。そして「スカイピア」の住人は、そんな聖なる土地「シャンディア」を、先住民の手から奪おうとする。これに、イスラエルパレスチナの住民から土地を奪おうとしている構図を当てはめることもできなくはないだろう。すなわち、「シャンディア」とはパレスチナの暗喩であり、「スカイピア」とはイスラエルの暗喩なのである。

たしかにワンピースの空島は今のイスラエル人(ユダヤ人)とパレスチナ人が土地を争う構図に非常によく似ている。

というか、過去を持ちだして1つの土地を争うのは人類の歴史だ。

100年前は俺の土地だった。

200年前はもともと我々の土地だった。

過去を遡ることは容易で、同時にいくつもの過去を持ち出すことが可能だ。

でも、現在という今は1つしか存在しない。現在という空間に、複数の過去をひろげようとしているのだから、それは争いが生じても仕方ない。 

200年前はあんたの土地で、100年前は私の土地だった。じゅんぐりに回ってきているから、今はあんたに土地を譲ろう。100年後は私に譲ってね。

とならずに、その土地をめぐって争いが起きるのは、人が今を生きている証拠なのかもしれない。人は今しか生きれないとも言える。

もちろん争いを肯定するつもりは毛頭ない。

でも、数千年の歴史をどれだけ人が学んでも争いがなくならないのも事実だ。

最後に当時私が訪れたパレスチナ分離壁の写真をお見せしたい。

パレスチナ側から撮影しました。

争いが減り、弱者が少しでも救われることを願いつつ。

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